停電騒動記、続きです。


そして翌日、25日、クリスマス。
朝、ホテルで出かける支度をしていたら、デイブが「今家に電話してみたら、留守電につながったから、きっと電気が戻ってると思う」と言うではないですか!

この数日間、外にいる間に、家に電気が戻ってきているかどうかを調べるためにしていたのが、家に電話をする、というのでした。

停電中は電話もつながらなかったのです。

実はホテルに泊まる、と決めた時点では、最悪27日くらいまで停電が続くことも覚悟していました。
私たちは希望を胸に(と言うと大袈裟なようですが、本当にそんな気持ちだった)、家に向かいます。

車をドライブウェイに入れて、車の中に置いてあるのガレージドアのリモコンのスイッチを押すと・・・
ドアが開いた!!!
つまり、電気が戻った!

そしてサイドドアを開けると、家の中からは暖かい空気。

3日間丸々の停電を経てようやく、通電。
24日の夜、9時くらいに家に電話した時は確かまだつながっていなかったので、きっと24日の夜か25日の朝に復旧したのかと。

3日間と書くと、ずいぶん短いように思えますが、土曜の夜9時から、早くても24日の夜9時過ぎ、としても計72時間の停電です。

長かった・・・

明るくて暖かな家が戻ったことが何よりものクリスマス・プレゼントでした。


こちらでは自分のうちのことを「Home Sweet Home」と呼びます。
我が家に勝るものなし、と言うような意味ですが、停電中は「全然Home Sweet Homeじゃないよな」と内心思っていました。

月曜と火曜は仕事だったわけですが、職場にいたほうがほっとしていましたし。
家に帰るのは、ある意味、怖かった・・・

会社から家に向かうと、坂があり、その坂を下って曲がったエリアが私の家の近所。
この坂の手前までは電気が通っていて、「もしかしたらうちの近所も」という淡い期待を抱きます。
そして坂を上ると見えるのが、真っ暗な近所一帯。

その景色を見るのがどれだけ憂鬱だったことか。
実際暗闇の中に車を走らせるわけですが、気持ちの部分でも本当に暗闇の中に入っていくようで落ち込みます。


いつもあるのが当たり前だと思っている電気。
この時期のトロントではたった3日間ないだけでも、かなりきつい。

私たちは、それでもまだ運がよかったほうかもしれません。
もし何十階もあるハイライズ(高層)アパートやコンドミニアムに住んでいたとしたら、真っ暗な中非常階段を上り下りしなければなりません。

それはお年寄りの方などにとっては、とてもとても大変なことです。

それにうちの向かいのご近所さんは、通り一帯みんなの電気が戻っていても、たった一軒だけまだ停電。

このうちには大きな木があり、その枝が倒れてかなりの被害になり、おうちの前の道全体がその倒れた枝が横たわって閉鎖するほどでした。
ここのうちではジェネレーターを発動させてはいましたが、電気が復旧したのは26日になってからだったので、それはそれは憂鬱だったと思います。

うちのすぐ斜め向かいのおうちも大きな木があり、やはり枝がどーんと倒れ、駐車してあった車にあたり、フロントグラスが損傷。
かなりの量の枝が倒れたので、今も歩道をふさいだままの状態です。

うちのフロントヤードの木も上の方が、やはり氷の重みで折れています。

日曜日、どのくらいのエリアが停電しているのか、と近所を車で回りましたが、そのときはかなりの広範囲一帯が停電で、どこを見ても真っ白で、倒れた木々と、あたり一面が凍り、明かりもなく、人もまばらで、それはまるでデッドタウンのようでした。


この3日間の停電で、いろいろなことを思いました。

私はたった3日間でさえ、かなりの不便を感じ、不安でストレスでした。
これがもっと長かったら、またはもっと大きな災害だったら、そうあの大震災のように・・・

当たり前と思っていることがどれだけありがたく幸せなことか、を実感した数日間でした。


ちなみに、今後のことも考えて、やっぱりジェネレーター購入しようと思っています。
もうこんなことが起こらないといいのですが・・・


長い停電騒動記にお付き合いくださって、ありがとうございました。


***************************

ランキングに参加しています。
よろしければ、下をクリックして下さい!

にほんブログ村 花ブログ ガーデニングへ
にほんブログ村


ランキングに参加しています。よろしければクリックを↓
にほんブログ村 音楽ブログへ

にほんブログ村